昔から、
“魚は上臈に焼かせよ、餅は下種に焼かせよ”
という言い回しがあって、
魚はのんびり焼いた方が
じわじわと柔らかく火も通り、皮に傷が付いたりしなくていいので、
おっとりしている上臈(貴族)に任せなさい、
餅は引っ切りなしに返さぬと焦げるので、
忙しない下々に任せないと例えたらしく。
それに似た言い回しに、
“瓜は大名に剥かせよ、柿は乞食に剥かせよ”
というのがある。
こっちは、
瓜は皮の近くは甘くもないし固いだけなので分厚く剥いた方がいいが、
逆に、柿は皮のそばほど甘いので、世知辛くも薄く剥くほうが…という意味で。
もっと深く言えば、
仕事には適・不適というものがあるので、
それへ相応しい人を使いなさいという意味もあるそうな。
じゃあ、梨は誰に剥かせりゃあいいもんなのかな?
◇◇◇◇
相変わらずに唐突な奴です、すいません。
柿というのは、日本の最も古い甘味と言われているほど歴史のある果物ですが、
梨もまた、随分と昔から日本にはあったのだそうで。
今現在の日本で食べられている種類の“和なし”は中国原産種ですが、
仰々しく輸入されるよりも前に、既に日本に原生してもいて。
なんと弥生時代の遺跡からも種が発見されている。
日本書記にも記述が出て来て、
代表的な穀物や果実といえば必ず名を連ねられているほど、
親しみ深い存在だったようでもある。
今の中国の梨とは微妙に違うと分類されている“和なし”は、
江戸時代に様々に改良された中から生まれたそうで。
「そうは言っても、自分のところで栽培してない限り、
作っておいでのところから分けてもらうか、
市に出掛けて買うしか手に入りようがないのだから、
立派な贅沢品ですけれど。」
貴族じゃあないが、
官位への扶持としていただいた領から収穫されるものもまた
収入となる“殿上人”でおわすお館様へ、
各地から四季折々に様々なお届けものがあり。
梨の産地もその中にはあったため、
遠くではなかったのを幸いに、今年も瑞々しいのがたんと届いた。
主人である蛭魔は肉や魚はよく食うが、
それ以外の、特に野菜や果実にはあんまり関心を持たない人なので。
酒の肴になりそうな変わりものでもない限り、
そのまま家人らへ下げ渡されていて。
「まるまる、あまいのvv」
小さなお手々には余るほど大きい実を、
まずは嬉しそうに眺め、
次には身を乗り出して撫で撫でしてあげる様子こそ、
ほくほく甘くて微笑ましい仔ギツネさんのおねだりで。
お初の一個がすぐにも剥かれた。
瑞々しい…どころか、
皮を剥ぐ端から甘い果汁がしたたるほどに、
それはそれはいい出来の逸品で。
柿のつるんとした食感とは大きく異なる、
サクサクしっかりした食べごたえの陰から、
思わぬほども沢山の果汁があふれる意外さが何とも言えぬ。
「あわてて食べちゃあいけませんよ?
むせてしまいますからね。」
「は〜いvv」
「あ〜いvv」
黒文字の楊枝を使っている分にはいいのだが、
それが苦手なくうちゃんは、
じかに掴んだ小さなお手々をあっと言う間に甘く濡らしてしまい。
それでも気にせず、うまうまとご機嫌で頬張る愛らしさよ。
「この時期にとれるので、暑さまけには間に合ってませんが。」
それでも、井戸の水で冷やして食べれば、
引き続く残暑には格別のおやつともなるので、
幼いくうちゃんと同じほど、
書生の瀬那くんにとっても、
実は待ち遠しいお届けものだったりする。
カマドもあって、忙しいおりは熱気に満ちる場所ながら、
今は息抜きの昼下がり。
庫裏の土間手前の上がり框に腰掛けて、甘い梨を食べつつ。
外の明るいところからそよぎ込み、通り過ぎてく風の涼しさやら、
間近に植えられたイチジクの茂みの大きな葉が揺れる様子に
ゆったりと人心地ついての さて。
「それじゃあ僕は、書庫へ戻りますね。」
ひょこっと立ち上がった書生くん、
手水鉢のお水で手を洗うと、
庫裏の戸口から明るいお外へ踏み出してゆく。
「はい。」
「行ってらっしゃ〜いvv」
先日の何日か、雨が続いた時期があり、
書庫から出して使ってた、若しくは出しっ放しだった書が
結構な量 湿ってしまったので。
書庫へしまい込む前に、湿気を抜くべくの天日干しをしている最中。
結構貴重な巻物や冊子もあったので、
日当たりのいいところへ放り出しておく訳にも行かぬ。
そちらの見張りというお勤めのついでに、
次の国事儀式に要りような、書物やお道具の確認へも、
朝から取り掛かっておいでの働き者で。
そういった雑貨やお道具も収めてある、
しっくい塗りの外の書庫まで、跳ねるような足取りで戻ってみれば、
《 主よ。》
「あ、進さんvv」
守護とはいえ、そうそういつもいつも、
お姿を現して傍にいてくれる訳ではない憑神様が。
今の間は本当に離れていたらしく、
書庫まで戻ったセナへ、声を掛けつつ姿を見せる。
黒髪を短く刈った髪形や、
強いて言えば狩衣、だがところどころが不思議な仕立ての装束といい、
どこかが微妙に違和感を醸す存在ゆえ、
『もしかしたら……人の和子ではないのかも。』
そんな見越しをしている仕丁なども少なくはないけれど。
いかにも雄々しき姿と、
それに見合うだけの荘厳な存在感がある、
立派な武人なのをいいことに。
きっとご実家が寄越した警護のお人だろうと、
おおむねの使用人たちは適当に納得しているようであり。
……さすが、あの主人にして この下々ってか?(おいおい)
仄かに湿気ていた巻物たちも、
そろそろすっかりと乾いて来ており。
となると、今度は風に傷められぬよに、
手早く回収せにゃならぬ。
床几をだして板戸を天板にした簡易の台を3つほどこしらえ、
その上へ開いていた書物の数々、
進の才にて乾きを確かめてもらっては、
丁寧に巻き取ったり、まだ湿っているページを開き直したり、
同じ作業へと戻ったセナくんだったのへ、
《 ……。》
「? どうかしましたか?」
中には、邪妖封印だの 式との契約の旨を綴った書もあるので、
知らずに とばっちりを受けぬよう、
触れないようにとお願いしてはいたものの。
一人パタパタ駆け回るセナなのへ何かしら言いたいことがあるらしい。
日頃から寡黙な彼なので、
そんな気配が立ったら際立つもの、判らぬはずがないと、
セナくんは大したことでもないと思っているようだが。
そも、陰体の彼の気配だけに、
そうそう常人が拾えるはずもない代物。
ともすれば…遠目に見かけたお人がおれば、
しかも、まるきり感知の才がない人であれば、
セナが独り言を言っているようにしか見えなんだことだろう。
……よって
《 甘い汁の跡が……。》
「あ…。///////」
手は洗ったが、そういえば口の回りは何もしてない。
それほど零しもしてはないからと、そのまま来てしまったが、
「ありゃりゃ、どこでしょか。」
不用意にそのまま書へ触れたら一大事。
蔵に仕舞ってから紙魚やアリを寄せかねぬし
カビだって生えやすくなるかも知れぬ。
腕へ垂れたのが乾いて光っていたのかな?
それとも顎やおとがいへ垂れてたのかな、それだと恥ずかしいなぁと、
肘を上げては小袖のたもとを振り振り、
前腕やら手の甲やらをキョロキョロと見回し始めたが、
《 此処だ。》
ついと伸ばされた進の大ぶりの手が、
ひょいと捕らえたのは、セナの小さな顎であり。
下から掬い上げるように捕まえたそのまま、
親指の腹で口元を擦る。
「うあ……。//////」
触れられたことに動揺はない。
不意ではあったが、それでも
進の手や指のさらりと心地のいい暖かさは大好きだったし。
怒らせれば、咒や念を繰り出さずとも
素手でかなりの太さの生木をへし折れる、桁外れに力持ちでもある彼だけれど、
セナへは…握るとか押さえ込むとかいう接し方ではなく、
触れるとか抱える、そおと撫でるという格好で、
しかも絶妙な力加減をこなして接してくれるので。
怖いとか驚いたとかいう動揺はいつだって感じぬが、
《 …乾いたか?》
擦っても取れぬなと気づいたか、
そのままお顔が近づいて来て、
「え? え? え? え〜〜〜?!///////」
……いやいや、いや。唇を奪われた訳でなし。
『それとも、ぺろんと舐められたなんて、
しかも式神からというのは、失礼なことだったのだろうか。』
『知るかっ!』
真っ赤になって様子が急変し、
自分のお部屋に飛び込むと、
陰体侵入の禁という咒を何重にも張ってしまったセナだったため、
一体何がいけなかったんだろうかと、
広間で一部始終を拾っていたのだろ術師へ
わざわざ訊きに行った憑神様もたいがいだと思う人、手を挙げて。
〜Fine〜 12.09.20.
*何だかなぁな お話ですいません。
進さんて人間じゃないので、
しかもつかさどってるのは武闘なので、
口吸いとかの意味するものって分かってないと思うのですよ。
それにしたって、
「咒で清めてやるとか、そっちを何で選ばんかったんだ?」
仮にもあいつはお前の主(あるじ)だろうによと、
一応は意見をしてやる蛭魔さんへ、
「え〜?
その程度の対処へ、手っ取り早いことを選んじゃいかんのか?」
傍らから余計な口出しする、誰かさんがいたりしてvv
「だ〜か〜ら〜 」
お前が口挟むな、ややこしくなるだろうが。//////
けどよ、俺だってその程度だったら……。
黙れ黙れ黙れっっ///////
《 …………。》
仲のいい彼らをちょみっと真似しただけなのになぁと、
腹の底にて思いつつ、
蛭魔さんからのお返事を黙って待つ、憑神様だったのでありました。
めーるふぉーむvv

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